おもしろき こともなき世を おもしろく  すみなすものは “感動” なりけり

今朝起きて、

「あ、日曜美術館、みようかな」

ふとそう思ってテレビをつけると、いきなり

「カラフル! 多様性をめぐる冒険」

というタイトルが入って来た。

このところ、こういうシンクロニシティが多い。明けても暮れても、多様性多様性多様性……という感じだったので。

今、東京芸大美術館で開催している特別展

「あるがままのアート-人知れず表現し続ける者たち-」

を紹介する番組だった。

出品者は、全て何かしらの「しょうがい」を抱えておられる方々で、中には、軽々にぼくらが「わかったふうな」ことなど言えないような状況の方も、いるようにお見受けしました。

でも、一方でそんな外界のことなんかどこ吹く風で、介助者に助けられながらとても楽しそうに一筆一筆を魂込めて進めているような作家もいたり。

総じて、この人たちは、リクツ抜きに、「描く」「塗る」「捏ねる」「縫う」ということが快感で、もうその快感に没頭するのがとにかく好きなのだなと思いました。単純に「好き」「楽しい」とはいえないフクザツな精神的葛藤的なものがあったとしても、でもそこに一脈ある快感は好きで、ギリギリ快感を選んでいるように思えました。

芸術でもアートでもケージツでも何でもいいのだけれど、人の魂が創った作品をコトバで語るのは、本当に難しい。ただでさえ難しいのに、この「特別展」の作品たちは、あまりにコトバと別世界にありすぎて、コトバを使えば使うほど自己嫌悪に陥ってしまいます。

なので、とにかく画像を載せます。

いっぱい並んでいるキュートなやつらは「天子」なのだそうな。この作者の作品にはちょくちょく登場するようで、もしかするとこの作者にはいつも身近にいる存在なのかも知れません。

スペシャルな人たちって、好きだよなぁ、こういう夥しい数のツブツブや同じものの累積。ぼくも家族も大好きです。ただ、これを描こうと思い立ったり、描き切ってしまうところがホンモノの表現者ってことなんですよね。そこには予測時間とか長時間への倦怠とか、そういう姑息な理性は口出しできないわけです。いいなぁ、そういう突破者。

これはちょっと単なる「特性」というにはちょっと「美術表現」的な要素を……って、あ〜もうコトバって面倒臭い! 要するに、「構成力」が卓越しているように思いました。フツウはアカデミックに学んだ人が身に着ける技術を、この作者は、感覚的に持っているのではないでしょうか?色彩に関するバランス感覚も素晴らしい!

こういう原始的というか、生命力の根源というか、およそ理性だの知識だのという小賢しい物を全部取っ払った後に残るようなドロドロした感じ。まさに縄文人の残した遺物にすごく通ずるものを感じますね。

これは、タイトルがグッときました。命を継ぐ神って、なるほど確かにこんな感じかもなぁ、なんて思ってしまいました。

今の時点で、一番気になる作者です。ちょっと今回の展示物以外の作品をご紹介すると、

こんな感じです。

何だかとてもいいなぁ。色使い、構成、世界観、とてもいいなぁ。

一見、この世界観は、何か性的な抑圧や倒錯の臭いがしますが、でも、よく見るともうちょっと温かいというか、コミカルというか、これを描いている時の「いろいろあるけど、まぁ結局はシアワセ……かな?」みたいなオトシドコロを感じます。

見る側が軽快に見れば、とても軽快に楽しめる絵のような気がしました。

とかなんとか言ったところで、まぁ、所詮は百人百様。

ぜひ会場に足を運ばれては……ともいえないこのご時勢。

まずはネットで日曜美術館の動画でもご覧になってはいかがでしょう??


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